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MESSAGE
講師からのメッセージ

佐藤 寧子

アートディレクターとして空間を生み出す アートディレクターとして、ストーリー性のある空間を創り出す 空間を生み出す、アートディレクターの仕事術

東京、銀座にある商業施設「GINZA SIX(ギンザシックス)」のB2Fにある「食のフロア」のショーウィンドウをはじめ、店舗ディスプレイなどでアートディレクターとして活躍する、佐藤寧子さん。ストーリー性のある独自性の高い空間は、見る人にわくわくする気持ちをもたらします。身近なものに新しい意味を付け加え、デザイン化していく佐藤さんの仕事術、空間をデザインすることのおもしろさ、プロとしての心構えなど、ディスプレイにまつわるいろんな話をひとつひとつ丁寧に語っていただきました。

“食”にまつわるショーウィンドウに込めた想いとは?

「GINZA SIX」の下りエスカレーターでB2Fにくると、商品がディスプレイされていない2か所のショーウィンドウがあり、異なるディスプレイが楽しめます。もちろん、テーマはリンクしているので、2面を行き来すると絵本のページをめくったような感覚が味わえます。ショーウィンドウには毎回、テーマにちなんだ仕掛けがいくつも潜んでいます。横の解説をヒントに眺めていると次々と気づきや発見があり、思わずクスッと笑ってしまいます。このストーリー性のあるショーウィンドウを手がけているのが、アートディレクターの佐藤寧子さんです。まずは、「GINZA SIX」のショーウィンドウについて伺っていきましょう。
「『GINZA SIX』のB2Fにある食のフロアのショーウィンドウは、オープン当初から携わっているので、ちょうど5年になります。銀座エリア最大の商業施設で、開業にあたってのコンセプト・ワードのなかのひとつに“ニューラグジュアリー”、つまり新しいラグジュアリーを追求していくという言葉がありました。これだけモノが溢れ、豊かになった時代におけるラグジュアリーとは何か、それを考え提案することに、私はウィンドウディスプレイの持つ、人の関心をひくような価値を提案するという本来の目的や役割を強く感じました。“食品”は、『GINZA SIX』で販売されているもののなかで、いちばん単価の低いものだと思います。日々の暮らしに欠かせない“食”に対しては、豊かさの価値が人それぞれ。高価な食品がラグジュアリーかと言えば、価格だけが判断基準ではなく、希少性、伝統や懐かしさ、トレーサビリティ、健康に価値を感じる人など、本当に千差万別です。新しいラグジュアリーにつながるものをさまざまな視点から提案していく上で、“食”で行うからこそ、「GINZA SIX」で行う意味のある、独自性の高いウィンドウを私なりの方法で作れるのではないかという可能性を感じ、やらせていただくことに。そして、今も続いています」。
ショーウィンドウのテーマは、どうやって決めているのでしょうか。興味津々です。佐藤さん、教えてください。
「年に5回行うウィンドウをプランするために、年間を通してベースとなる、公にはしていないプラン用のテーマを設定しています。スタッフと共にブレーンストーミングをし、生活者として肌で感じる興味や関心、デザイナーとして感じる新しいラグジュアリーに繋がるものごと、挑戦してみたい食の表現などからあぶり出します。今年の場合、withコロナにも少し慣れて、これまで理性で抑え込んでいた欲望をだんだん表に出せるようになる、つまり、外食や会食など、食に関する欲望にも忠実になれるんじゃないか、という話に。そこで、食べ物は本来、人間が能動的に取りに行くものだから本能を解放してみよう…。と言っても、現実はまだそこまで開放的にはなれませんよね。けれどウィンドウの中でなら、解放できるじゃないですか。ディスカッションを重ねて、今年はサバイバルというのがテーマになりました。そこに季節感も加味して、毎回の入れ替えで変化も感じられるように5回を計画し、ウィンドウのアイデアを具体的に練っていきます」。

ディスプレイ全般を経験し、ショーウィンドウへ踏み出す

言葉を使わず、デザインの力で人の心を動かすショーウィンドウを創る、佐藤さんの原点はどこにあるのでしょうか。ディスプレイを目指したきっかけについて、語ってもらいました。
「美大でインスタレーションという空間を扱うアートの勉強をしていたとき、アルバイトでたまたまデパートのディスプレイの仕事をしたんです。空間を扱い、人に見せるという共通点から、仕事としてのディスプレイデザインに興味を持ち始めました。アーティストとして生きていくような、表現したいものをまだ掴めていなかった時期に関わったデザインには、見てくださる方が楽しんでいる姿を実際に目にすることができるという喜びがあり、さらに自分ならこうしてみたいというイメージが湧きました。いま思うと、つたない思いつきですが、それがデザインの世界に転向したきっかけでした」。
そして、大学を卒業し、佐藤さんが就職したのが、ディスプレイの会社でした。
「ちょうどバブルのころで案件がたくさんあり、私はデパートの販売促進部に出向していました。本来はデザイナーとして就職したのですが、アルバイトのころと同じように毎日現場に行って、デパートのVMDに関する仕事の、さまざまな裏方のお手伝いに携わっていました。新人だからできないことも多かったのですが、クライアントさんや会社の先輩をはじめ、現場で一緒になるフリーランスの方や他のデザイン会社の方々まで、プロの皆さまが現場でノウハウを教えてくださいました」。
実際にデザインをする前に必要なことを現場で学んだと佐藤さんは話します。それは何でしょうか。
「なぜ、そういうデザインやVMDがこのお店に必要なのか、とか、商品をそこに飾るフィニッシュまでに、どういう人がどう関わって何が行われるのかなど、仕事の成り立ちをまずは考えることが、デザインしていく上で大事だということです。実践を通して、それを身につけられたことは最初の財産になりました」。
ほかにも空間への装花プランをしながらフラワーアレンジメントを学んだり、商品の扱いやショーイングを覚えたり、現場で先輩たちに教わったことは多かったと振り返ります。それでも就職して3年弱で、佐藤さんは会社を辞めます。
「会社では、店内のVMDのデザイナーとしての仕事が多かったですね。VMDは、メソッドをもとに、主に店頭や店内で、その店らしさと共に商品を魅力的に表現して販売につなげるのが目的です。けれど、私がそもそもやりたかったのは、ショーウィンドウのデザインでした。ショーウィンドウでは、商品の販売も目的のひとつですが、街と店舗の間をガラス一枚で隔てた場所で、アーティスティックな表現などで関心を引き、視覚的なコミュニケーションを生むことが求められる分野です。広義のVMDのなかでも、ウィンドウと店舗のVMDは、少し系統が違うんですね」。
まだ会社にいた当時の佐藤さんは、ショーウィンドウの仕事がやりたい気持ちから、積極的に動きます。ショーウィンドウのコンペがあると聞けば、会社として依頼もされていないのに、クライアントさんに頼み込んで自主的にプランを提出することもしばしば。コンペに勝って、ショーウィンドウの仕事をする機会もあったそうですが、ショーウィンドウの仕事への思いが強くなり、退社し、フリーへの道を歩み始めました。

ジーン・ムーア氏の作品との出合いで明快になった、自分のスタイル

とはいえ、独立したてでは思うような仕事はありません。フリーランスの先輩の仕事を手伝いながら、いただける仕事を自力で責任を持ってこなすことだけをまずは考えていたと話します。パース描き、VMD、代理店の企画チームでのアイデア出し、展示会の演出など、さまざまな仕事を経験した佐藤さん。
「目指すようなウィンドウの仕事にたどり着ける確信はほとんどありませんでしたが、ウィンドウをやりたいとだけは言い続けていました。今から思えば仕事の幅を広げ、人のご縁を広げる時代だったと思いますね」と回想します。
そんな時間がしばらく続いた後、銀座にある、海外のジュエリーブランドの路面店で、ウィンドウディスプレイをする人を探しているという情報を知り合いから聞いて、ご縁がつながります。この出合いが、佐藤さんの大きなターニングポイントとなりました。佐藤さんが、自分のなかでこだわって、ずっとやりたいと思っていたことと、とてもフィットする出合いだったと語ります。詳しく伺ってみましょう。
「ニューヨークにあるティファニー本店のショーウィンドウを長年手がけていた、世界的にも著名なディスプレイデザイナーのジーン・ムーアさんという方がいるのですが、その方の影響が私の中に強くあります。彼がやってきた仕事を知れば知るほど、自分がウィンドウのデザイナーと
してやりたいと思っていたことが明快になったのです」。
ジーン・ムーアさんのウィンドウディスプレイの考えを、佐藤さんがわかりやすく教えてくれました。
「高級なジュエラーのショーウィンドウは、高額な素材を用いてジュエリーが高級であることを伝えるのが当たり前だった時代に、ジーン・ムーアさんは、一見、調和しないと思えるような日用品、例えば、パスタとジュエリー、あるいはアイスクリームのコーンとジュエリーなどを組み合わせてディスプレイし、その違和感から人々にジュエリーの素晴らしさを伝えるという手法をとって、人をわくわくするような気持ちにさせていました。それは、1960年代当時のネオダダイズムなど最先端のアートの概念を取り入れ、実際に現代アーティストを起用することで、それまでに無かったウィンドウ・ディスプレイ・デザインというジャンルを生み出したとも言えます。これは、アートを学んでいた私と、デザイナーとしての私をひとつに結ぶ気づきでした。彼の考えに触発されたウィンドウを、ディスプレイ制作を担当した現代アーティストと共に10年に渡ってデザインしました」。
このときの経験が自信となり、佐藤さんは自分のスタイルを確立していきます。
「私は見応えのある造形物を作るより、何か視点を変えることで、新しい価値を見出していくことに興味があります。だから、ディスプレイというと、多くの方はすなわち飾ることだと思われがちですが、究極、飾らなくても何かを表現する手段はないだろうか、と考えるようになりました。例えば、ショーウィンドウの仕事では、クリスマスやバレンタインといったテーマも多いですが、それをいかに常識的に考えられているものとは違う、独自性のある表現をし、ここでしか出合えない体験にしていくか、ということをずっと考え続けています。視点を変えて、ものの意味を置き換えたら、次は最大限に効果が発揮できるよう、ミニマムに仕掛けていく。ジーン・ムーア氏の作品と出合って以降は、その手法をさまざまな仕事に生かしていると思います」。

ストーリー性のある空間を作る発想法とは?

その延長上にある仕事のひとつが、冒頭で紹介した「GINZA SIX」の食のフロアのショーウィンドウです。眺めていると、おかしな違和感や楽しい仕掛けに気づきます。その発想はどこからくるのでしょうか。さらに、スタッフとはどうやって考えやアイデアを共有しているのでしょうか。一歩踏み込んで伺ってみましょう。
「『GINZA SIX』の場合は、“食”がテーマです。“食”って、あまりにも日常的なので、自分のなかの既成概念や無意識にしているルーティンが、すごく多いんです。そこに自分なりに疑問を感じたり、おもしろいなと思ったりするようなポイントを常に探してほしいとスタッフには伝えています。人が生活していれば、喜怒哀楽やおかしみのような場面は必ずあります。サステナビリティとか、食育とか、食にまつわる社会的な事情もたくさんありますし。香りや色といった五感もありますよね。そんなさまざまなことから、自分なりの発見をして、スタッフ同士でディスカッションし、ユーモアを盛り込みながらブラッシュアップしています。会話では盛り上がっても、実際の表現にまでたどり着かないことも。それを何日も、何週間も考えていたら、突然ひらめいて具現化できることもあります」。
ときには、ショーウィンドウの設営をサポートしてくれる美大生に、プランを考えるスタッフとして加わってもらい、ディスカッションすることもあるとか。
「最終的なデザインや制作は、やはりプロが行うことでクオリティを保ちますが、アイデアを思いつく視点は人それぞれなので、そこにはプロもアマチュアもないんです。どれだけ鋭い独自の観察眼をもっているかを大切にしています」。
この仕事の醍醐味は、ショーウィンドウのガラスに人の指がいっぱいついていたとき、と嬉しそうに話す、佐藤さん。SNSを通じてショーウィンドウへの感想や解説までをアップしてくださる方もいると言います。
「ここに来て、見てくださったという、一期一会の喜びがあるのが、ショーウィンドウの魅力だと思うんです」。
たくさんの方に見ていただくからこそ、佐藤さんにはこんなこだわりも。
「デザインするとき、具象のモチーフを用いるようにしています。りんご、とか、麦とか、誰もが知っていて、共有できる食材を使ってデザインしています。抽象化すると、見てくださる方の受け止め方として、きれい、とか、すごいとか、それ以上のストーリーの読み解きをウィンドウの前を通り過ぎる数秒の間に期待するのはとても難しいです。一方、ショーウィンドウの中の食材を食べたり触ったりした体験が見る人にあれば、脳内の五感の記憶とコミュニケーションできるので、その人なりの感覚や感情に働きかけることができ、仕掛けた違和感に気づき、時に深く受け止めてもらえる、それが“食”をテーマにしていることのおもしろさだと思うので、具象のモチーフにはとてもこだわっていますね」。

プロとして躍進する、未来のディスプレイクリエイターたちへ

ご自身でも仕事大好き人間と公言し、生涯現役でいられるように、柔軟さはなくしたくないですね、と言う佐藤さん。そんな佐藤さんを癒やしてくれるのが、愛猫です。現在、一緒にいる猫は8歳で、その前には20年間ともに過ごした猫もいたと話します。
「玄関の外から鳴き声が聞こえていたのに、ドアを開けたら、知らんぷり。そんなツンデレで、こちらの機嫌などお構いなし。思うようにならないのに、仕草がかわいいので憎めないところが、猫の愛らしいところですね」。
ドライブ好きな夫と、美術館などに遠出するのもリフレッシュのひとつだと教えてくれました。プライベートな一面を垣間見せてくれた佐藤さんに、プロとして必要なことを伺ってみました。
「まずは、クライアントさんから与えられたミッションや要望に応えていくことを最低限担保しつつ、商品やブランドについてどうしたらお客さんに伝えられるのか、謙虚に学ぶ力は必要だと思いますね。ショーウィンドウなら、目が捉えた表現物や空間など、表面的なものだけではなく、そこにある必然性を読み解き、全体を理解して組み立てていくことが必要です。もし要望とは別に、自分のなかでこうしいたいという想いがあるなら、クライアントさんの要望に応える提案とは別に、もう1案、こういうアプローチもありますが、どうでしょうか、というプラスの提案をするといいと思います。私は、これを習慣にしてきました。プレゼン会議では、笑って終わりになることもありますが、次につながることもあるんです。別の案を出すことはしんどいですが、こういう積み重ねが、発想力を磨き、新しい出合いや仕事につながっているように感じますね」。
最後に、ディスプレイクリエイターを目指す方へのメッセージです。
「インターネット全盛の時代、リアルな場所を介さないものとの出合いが増えています。便利ですが、画面だけでは作り手の思いなどはなかなか伝わってきません。リアルな場所でものと出合い、コミュニケーションすることって、非合理に感じますが、人の感覚を豊かにしてくれることだと思いますし、人を重んじることです。ディスプレイデザインはリアルな店舗の店頭で、お客さまとコンタクトする最初の場所です。表現を通して、お客さまとコミュニケーションをしてほしいですね。今ある表現手段だけではなく、将来の新しい表現方法もどんどん取り入れて、ディスプレイの世界も、コミュニケーションも、より豊かにしてほしいと願っています」。

佐藤 寧子

アート・ディレクター/デザイナー

ショーウィンドウや店鋪空間、ヴィジュアルマーチャンダイジング等に関するアート・ディレクションとディスプレイ・デザインの活動を専門に行う。“感”を動かすことが店舗空間の醍醐味であり、五感に働きかける仕掛けで、人や街との間にコミュニケーションを生み出すことも。