中田英寿さんプロデュースの店舗装飾が大きな転機に
フラワーデザイナーの仕事といえば、アレンジメントの制作というイメージが強いかもしれません。けれど、それは職能の一部。花を使って、空間装飾や商空間ディスプレイを手がけることも重要な仕事であり、今後ますます求められていくでしょう。 フラワーデザイナーとして第一線で活躍し、数々のプロジェクトを成功に導きながらも、JDCAでさらに学びを深め、現在はJDCAの講師としても後進の指導に情熱を傾ける今野亮平さんにフラワーデザイナーの仕事術について伺いました。
花を使った空間ディスプレイのターニングポイントは2010年の南アフリカワールドカップ開催時に元サッカー日本代表選手の中田英寿さんがプロデュースし、東京・原宿にオープンしたカフェ「nakata.net.cafe」の空間装飾をすべて任されたことでしたと述懐する、今野さん。面識のなかった中田さんからの依頼は、「この殺風景な空間を花で彩ってほしい」というシンプルなものだったそう。2階立てのガラス張りの空間をどう花で装飾するか。中田さんと何度も話し合い、時間を共有するなかで今野さんはテーマを定めていきました。
「サッカーワールドカップに関連したカフェなので、『赤』をテーマカラーにしようとコンセプトを決め、デザインを開始。パワーや情熱の赤を前面に出しバランスを取ろうと決めました。1階から見上げれば2階が見えるし、2階からも見下ろせる、高さのある空間をどう生かすか。難しいけれど、構造上の特性を使わない手はないと思い、デザインを考えました」。
そして出来上がったのがプリザーブドフラワーの枝を林立させ、その上に花を置くという斬新な空間ディスプレイ。1階では森林の上に花が咲いているように見え、2階のカフェ席に座れば、花畑が広がっているように見えます。お客さんの目線で生み出したデザインは、大盛況で幕をおろしたのです。
世間の耳目を集めるイベントを次々と成功させているにも関わらず、今野さんは2015年にJDCAに入学しました。「アプトプットするためには、インプットすることが大事。一生、勉強だとおもっています」。
そう語る今野さんのフラワーデザイナーとしての第一歩は、決して早くはありません。国際関係を学んでいた大学3年のときに、アメリカへ1年留学。そこで雑誌を読みふけってはそこで雑誌を読みふけっては妄想し、「デザイナーになると決めたんです。ファッションなのか、インテリアなのか、メイキャップなのか、わかってはいなかったんですが、クリエイティブする仕事をしたいと決めて、帰国しました」。
日本に戻った今野さんは、母親がフラワーデザインの仕事をしていたことに思い至り、それもデザインのひとつと感じ、花のレッスンを始めます。さらに、大学卒業と同時にグラフィックの専門学校にも入学。卒業後は、ベンチャー企業のグラフィック担当としても採用され、大阪でサラリーマンを2年半経験しました。そんなサラリーマン時代、花の勉強を続けていいた今野さんは、ある百貨店で開催された花のコンテストに出品し、フラワーデザイナーになる決意を固めます。きっかけは、見知らぬ婦人のあるひと言でした。
「これ、あなたが作ったの?私、いちばんいいと思ったのよ」。受賞には至らなかった今野さんは、婦人のその言葉に感動し、人生を決めたのです。
誰かの何気ないひと言に背中を押された今野さんは、今、JDCAの授業でも「ご縁があって、授業を受けてくれているみなさんに絶対にプラスになって帰ってもらいたい。人生が変わったとか、パワーになったとか、そんな存在になれたらうれしいですね」と話します。
フラワーデザイナーとしての顔以外に、「ベル・フルール」というブランドの社長であり、経営者としての顔をもつ、今野さん。「昔から目標だけは大きいんです。世界を舞台に、お花のルイヴィトンとかエルメスのような存在になるというのが目標ですし、絶対に叶うと思っています。」
さまざまなニーズに応えられるよう、今野さんは今、「売れるデザイン」「新しいデザイン」「見せるデザイン」という3つのデザインを柱に商品開発しています。そのなかの、「新しいデザイン」というのは、素敵とは思うけれど、なかなか自宅に飾る勇気までは出ないようなもの。例えば、プリザーブドフラワーのコケを使った「凛」などが好例で、発売当初は遠巻きに見られていたと話します。それが1~2年もすると、ブレイクする。ちょっと先を行った新しいデザインを考えることは、経営者であり、デザイナーである今野さんだからこそ、できることなのかもしれません。
「会社を作って16年目。常に中長期的な戦略も立て、歩んできました。私の場合、経営にしてもデザインにしても、ゴールを決め、そこから逆算して組み立てていくというやり方をしています」。
ならば、空間をディスプレイするときは、どうなのでしょうか。「クライアントさんの希望が、まずは最優先です。ですから、いわゆるTPOをいちばん大事にしています。どういう場所なのかどんなことが求められているのかということが非常に重要です。私は自分のことをフラワーアーティストとは言っていなくてフラワーデザイナーと言っています。デザインとは制限がある上で成立すると思っているからです」。
じつは今野さん、コンペにおけるプレゼンの成約率の高さでも知られています。その秘訣のひとつがクライアントに寄り添うということ。何を求められているのか、導線はどうなっているのか。その環境に合わせたこと、その環境でしかできないことをリサーチし、提案するため、クライアントは、「それは今野さんしかできないですね」と、なるそうです。
世界進出を視野に入れ、韓国の大学で授業を始めて6年。今年1月からは香港でもブランド連携しました。国内の店舗展開は東京だけでなく、神戸や名古屋など多くの地域に広がっています。「各地で受け入れてもらえることは自信になりますが、同時に、良い意味でデザインは『解体と再生』だと思っているので、今の自分たちを常に否定し、新しいものを生み出していきたい」。
日々、ブルーオーシャン(競争相手のいない未開拓の市場)を探し、ブランド力を高める上で、店舗のディスプレイは顔とも言える、大切な存在。毎月、社内コンペを行って、デザイナーたちに腕を競わせ、店舗ディスプレイを変えています。その実例をJDCAの授業でも紹介しています。 さらに新しいデザインを生み出すにはアンテナを張り巡らせることが大事。誰にでも時間は平等で限られているから日々どこで何を吸収し気づけるかに自分自身の成長がかかっています。今野さんは社員の能力を引き出すために常にアンテナを張り巡らせることが大事。誰にでも時間は平等で限られているから、日々どこで何を吸収し、気付けるかに、自分自身の成長がかかっています。今野さんは、社員の能力を引き出すために、「グッド&ニュー」を毎日の朝礼で行っています。無作為に社員を指名し、「よかったこと、新しいことを教えてください」と、問いかけるのです。毎日をどう過ごすか。常にアンテナを立て、感度を上げて生きる。デザインのプロとして意識を切り替えるきっかけとなりそうですね。
デザイナーとして経営者として右脳と左脳をフル稼働させて、常に全力を傾ける今野さんの趣味はサッカー。幼少期から始めて高校と大学でも続け、社会人チームで今もプレーしています。数年前まではキャプテンを務め、ランニングや筋トレを欠かさないという本格派。手帳には仕事の予定とともに、ランニングやジムといったボディメンテナンスの予定もびっしりです。
そんな今野さんから最後にフラワーディスプレイを学びたい人へのメッセージが直球で返ってきました。
「生きている以上、人は選択をしているんです。大きく言うと、やる選択かやらない選択のいずれかです。どうせなら、やる選択を選んだほうが人生変わってくるし、視野も広がってきます。興味があるなら、一歩踏み出しましょう。私もここの卒業生で、とにかく先生が素晴らしく、クリエイターとして大いに刺激を受けられますよ。ぜひ挑戦してみてください」。
フラワーデザイナー / JDCA 講師
ベル・フルール代表取締役
豊富な海外経験から受けた感性とアメリカで学んだグラフィックデザインをベースに、緻密な構成と自然美を表現するフラワーデザイナーとして活躍。構成理論や色使いに
独自の世界観を持ち、プリザーブドフラワーとアーティフィシャルをミックスしたアレンジは、多くのエグゼクティブブランドより指名を受け、ブランドショップやイベント、レセプションパーティの会場装花を手掛ける。近年では海外にも活躍の幅を広げている。